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そろばんがこいをかたるはなし

算盤が恋を語る話

江戸川 乱歩

「写真報知」報知新聞社、1925(大正14)年3月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,096 字 · 16 页

青空文庫

そして、そこにじっとたたずんで彼の来るのをまちわびているS子の姿を想像しながら、息せき切って樋の山遊園地へと駈けつけました。

そこは遊園地といっても、小山の頂に一寸した広場があって、一二軒の茶店が出ている切りの、見はらしがよいという外には取柄のない場所なのですが、見れば、もうその茶店も店を閉じて終ってガランとした広場には、暮れるに間のない赤茶けた日光が、樹立の影を長々と地上に印しているばかりで、人っ子一人いないではありませんか。

「じゃ、きっと彼女は着物でも着換る為に、一度家に帰ったのだろう。なる程、考えて見れば、あの古い海老茶の袴をはいた事務員姿では、まさか来られまいからな」

算盤の返事に安心し切った彼は、そこにほうり出してあった茶店の床几に腰かけて、煙草をふかしながら、この生れて初めての待つ身のつらさを、どうして、つらいどころか、甚だ甘い気持で味わうのでした。

しかし、S子はなかなかやって来ないのです。あたりは段々薄暗くなって来ます。悲しげなからす共の鳴き声や、間近の停車場から聞えて来る汽笛の音などが、広場の真ん中に一人ぼつねんと腰をかけているTの心にさびしく響いて来ます。