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そろばんがこいをかたるはなし

算盤が恋を語る話

江戸川 乱歩

「写真報知」報知新聞社、1925(大正14)年3月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,096 字 · 16 页

青空文庫

彼の計画はまんまと失敗に帰したのです。

「だが、一度位失敗したって失望することはない。S子が気づくまで何度だって繰返せばいいのだ」

Tは心の中でそう思って、やっと気をとり直しました。そして、いつもの様に真面目くさって、与えられた仕事にいそしむのでした。

外の事務員達は、てんでに冗談をいいあったり、不平をこぼしあったり、一日ざわざわ騒いでいるのに、T丈けはその仲間に加わらないで、退出時間が来るまでは、むっつりとして、こつこつ仕事をしていました。

「十二億四千五百三十二万二千二百二十二円七十二銭」

Tはその翌日も、S子の算盤に同じ金額を弾いて、机の上の目につく場所へおきました。そして昨日と同じ様に、S子が出勤して席につく時の様子を熱心に見まもっていました。すると、彼女はやっぱり何の気もつかないで、その算盤を脇へのけてしまうのです。

その次の日もまた次の日も、五日の間同じことが繰返されました。そして、六日目の朝のことです。

その日はどうかしてS子がいつもより早く出勤して来ました。それは丁度例の金額を、S子の算盤において、やっと自分の席へ戻ったばかりの所だったものですからTは少からずうろたえました。