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はこねのやま

箱根の山

田中 英光

「文藝春秋 別冊2」1946(昭和21)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,963 字 · 33 页

青空文庫

私は悲しいような気持になり、優しい声を出し、「ほうら御覧。やっぱり登れないだろう。そのために昔のひとたちが、とても苦心してこうして路をつけてくれたのだよ。一郎が山とは思えないほど楽にお山が登れるのも、僕たちの御先祖のお蔭なのだよ。一郎には未だ分らないだろうけれど、世の中だって同じ事。だから、御先祖様ありがとう、と言ってこの路も登らなけりゃ駄目」、「うん」一郎は相変らず、素直に元気の好い返事だけして、また私に手を引かれて、箱根街道を登り始めた。

観音坂の杉並木がどこまでも続いている。時計を見るともう十一時過ぎ、だんだん腹も減ってきたし、周囲には人家もないし、もう廻れ右をしようかと、親父のほうが意気地なく、「一郎もう湯本に帰ろうか」子供は紅い頬っぺたを振りたてて、「ううん、お山に登るの。あのお山の頂辺に行こうねッ」と陽光に輝く遙かの双子山の冠峰を指さす。親父は少し顔負けして、「遠いいんだよ、とっても。一郎に歩けるかな」、「歩けるよッ。行こうねッ」、「本当に行けるかい。きっとだよ、途中でもう歩けないなんて言ったって駄目だよ」、「ウン歩けるよッ」、「そうかい、きっとだね、じゃア指切りをしよう」