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はこねのやま
箱根の山
田中 英光
「文藝春秋 別冊2」1946(昭和21)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,963 字 · 33 页
私は急に声を荒らげ、「好いかい、一郎は男だねッ」と彼の可愛い指に私の汚ならしく大きな指を絡ませ、指切りをしながら、「これで貴様がへたばったらひっぱたくぞ」と脅かしたのは乱暴のようだが、毎度のことで珍しくなく、一郎も馴れているから涼しい顔で、「ウン歩けるよッ」と親父に劣らぬ乱暴な返事をする。
「よオし行くぞッ」バカな親父は一郎の手を引っ張ってぐんぐん歩き出した。明るい山、暖かい路。早川にはもう別れたが、別の谷川らしい、爽やかな水声は相変らず、右下に鳴り続けている。一郎は絶えず周囲の自然が新鮮なものに見えるらしく、路端に落ちている笹の葉さえ、時々、拾いあげてはじッと眺め入っている。「オイオイ、そんな路草を食っていると、今にへたばってしまうから。兵隊さんは行軍の時、真っ直ぐに傍見もせず口も利かず、ただ土の柔かそうな処を選んで歩くんだよ。行軍ばかりじゃない、世の中の事なんでもそうなんだ。仮にも男が目標を選んだら、他に気を散らさないで、どこまでもどこまでも真っ直ぐに歩くんだ」とバカな親父は自分にも言い聞かせる積りで、やかましく言う。一郎はあっさり、「うん」と答え、小さな身体を前屈みにし、オーバーの裾をバタバタさせて、先に傍目もふらず歩いて行くから、私はなんとも不憫な気になり、道端の小竹を適当な長さに折って、「ほら」