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つきじがし
築地河岸
宮本 百合子
「新女苑」1937(昭和12)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,825 字 · 16 页
道子は小さくきちんとたたんだハンカチで、ベレーをかぶった額や小鼻の汗をふきながら、むらのない歩調で歩いた。こまかく光る金網のむこうで道子を見て、どうしたい、と笑った啓三の顔や、あつそうに片手で単衣の袖を肩の上へたくしあげた啓三の身ごなしが道子の眼へというよりはうち向っている心にまざまざとのこされた。良人に面会した後は単純にうれしかったなどと云い切れない苦しい感情が、いつも道子の気分にのこされるのであった。益々底深い鬱然とした気分、その一方では、まあよかったとぼんやり自分から自分を云いなだめている気持、それが錯綜するのである。きょうは、何かそういう気持のからみ合いがきつく感じられた。
大通りの古着屋の前に停留場がある。道子はそこから麹町の勤めさきへゆくに便利な省線の駅までバスにのった。駅前で降りると、折からストップになった四辻のプラタナスの街路樹の下にセイラア服の女学生が四五人かたまって、
「困っちゃったわねえ」
「あのひと覚えてやしないわよ、だから嘘ついたと思われちゃうわ――やだなあ」
などと云いながら、ピケの白い帽子をおかっぱの頭からぬいで、当惑そうにむこうを眺めている。