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つきじがし

築地河岸

宮本 百合子

「新女苑」1937(昭和12)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,825 字 · 16 页

青空文庫

視線の先は駅の入口で、そこには乳呑子を背負った二人の中年のおかみさんが、必死の面持で通行人をつかまえては、鬱金木綿に赤糸で千人針をたのんでいるのであった。

「一人だっておんなじ人が縫ったら駄目になっちゃうっていうんですもの――」

その女学生たちは、ゆきに同じ処でそのおかみさんの千人針を縫ってやったものらしい。帰りに同じひとがまだいる。又たのまれたら二度一人が縫うことになるし、断れば信じまいと、真面目にこまっているのであった。七月このかた、市中の人出の多いところは到るところで千人針がされていた。両国の川開きのなぐれで、銀座が押すように雑踏していた晩、道子が社用でその間を擦りぬけながら通っていると、新橋の方からバンザーイ、バンザーイという叫びがだんだん近づいて来た。見ていると一台のバスが、日の丸小旗を手に手に振りかざして窓から半身のり出しバンザーイと叫んでいる女車掌を満載して、疾走して来た。ああ、職場から誰か出征するのだ。背筋を走る感動とともに道子がそう思った瞬間、紅をぬった口々をあけて声を限りバンザーイと舗道の群集の流れに向って叫んで行く婦人車掌の間に挾まれて、軍服を着た若者が、手の小旗を振ろうともせず、騒ぎに包まれてぼんやり無意味な善良な微笑をたたえて立っている姿が目を掠めた。