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つきじがし

築地河岸

宮本 百合子

「新女苑」1937(昭和12)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,825 字 · 16 页

青空文庫

道子は、

「おそくなりました」そう云いながらベレーをぬいで壁の釘にかけ、すこし気づかわしげに、

「もうあと何枚ですみます?」ときいた。

「もうこれでおしまいですの」

「それはよかったわね。――どなたか来ましたか?」

「いいえ」

水色のワンピースを着た千鶴子はいいえと云って首をふりかけて、

「あ、すみません、一人いらっしゃいました」

おかしそうにすこし雀斑のある瞼の中で眼玉をくるくるさせた。

「とても髭の特徴のある方が見えましたわ。よくいらっしゃる方――」

その日は午後一時から関係者の定期集会がある日なのであった。

「髭の特徴がある人って――誰かしら」

千鶴子は団扇をとって、向い側から道子の方へ風を送ってやりながら、

「一番ちょいちょい見える方――会計の方じゃありません?」

「豊岡さん? あのひとならそんな髭なんかないわ」

「あらア、だってあったんですもの」

「だってあの人の顔なら私もう二年も見てるのよ」

「そうかしら――たしかにあの方だと思うんですけど。あの髭……」

いかにもそれは特別な髭という調子なので、道子も、云っている千鶴子もとうとうふき出した。

「まあいいわ、又来るって云ったんでしょう」