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むらさきのびん

紫の壜

豊島 与志雄

「明日」1948(昭和23)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,802 字 · 24 页

青空文庫

終戦後一年たって、私は大陸から復員して自家へ戻って来た。弓ちゃんが近頃ささやかな酒場を開いてることを知り、胸を踊らせながらそこへ行ってみた。――大陸の戦場で、私は自分でも意外なほど彼女の面影を心中に浮べることが多くなっていたのだ。愛情を寄せる対象のないことは、異境の戦地では堪え難い淋しさである。――帰宅後、母や妹や其他の人々の言葉から、私は彼女の境遇の概略を知った。彼女がはじめ或る鳥料理屋の女中に住みこんだことは、私にも分っている。其後、つまり私が召集された後のことだが、その鳥料理屋は営業が出来なくなり、やがて解散した。彼女は自宅に戻って、そのささやかなミルクホールの仕事を手伝っていた。それから、鳥料理屋で贔負になってた客の家へ、女中として住みこんだ。そこの婦人や子供たちが田舎へ疎開したあとでは、一種の妾奉公をしてるとの影口もあった。空襲が激しくなって、その家は焼けた。老人が焼死し、彼女も少し負傷した。そして彼女は自宅に戻ってきたが、自宅でまた罹災した。其後、家の人たちは知人のところに同居しているが、彼女は以前の奉公先からの多額な手当金をもとでに、或る家の階下を借りて酒場を初めた。