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ぜったいむじゅんてきじこどういつ

絶対矛盾的自己同一

西田 幾多郎

「思想 第202号」1939(昭和14)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 50,000 字 · 99 页

青空文庫

宗教は道徳の立場を無視するものではない。かえって真の道徳の立場は宗教によって基礎附けられるのである。しかしそれは自力作善の道徳的行為を媒介として宗教に入るということではない。親鸞が『歎異抄』においての善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をやという語、深く味うべきである。また今日往々宗教の目的を個人的救済にあるかに考え、国家道徳と相容れないかの如く思うのも、宗教の本質を知らないからである。宗教の問題は個人的安心にあるのではない。今日かかる撞着に迷うものは、絶対他力を私していたものに過ぎない。真に絶対に帰依したものは真に道徳を念とするものでなければならない。倫理的実体としての国家と宗教は矛盾するものではない。

東洋的無の宗教は即心是仏と説く。それは唯心論でもなく神秘主義でもない。論理的には、多と一との矛盾的自己同一ということでなければならない。一切即一というのは、一切が無差別的に一というのではない。それは絶対矛盾的自己同一として、一切がそれによって成立する一でなければならない。そこに絶対現在として歴史的世界成立の原理があるのである。我々は絶対矛盾的自己同一的世界の個物として、いつもこれに対するということもできない絶対に接しているのである。