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りょくいのおんな

緑衣の女

松本 泰

「秘密探偵雑誌」1923(大正12)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,168 字 · 25 页

青空文庫

一

夏の夕暮であった。泉原は砂塵に塗れた重い靴を引きずりながら、長いC橋を渡って住馴れた下宿へ歩を運んでいた。テームス川の堤防に沿って一区劃をなしている忘れられたようなデンビ町に彼の下宿がある。泉原は煤けた薄暗い部屋の光景を思出して眉を顰めたが、そこへ帰るより他にゆくところはなかった。半歳近く病褥に就いたり、起きたりしてうつら/\日を送っているうちに、持合せの金は大方消費って了った。遠く外国にいては金より他に頼みはない。その金がきれかゝったところで、いゝ工合に彼の健康も恢復してきた。彼の目下の急務は職に就く事であった。彼はこの数日努めて元気を奮い起して職を求め歩いた。彼は以前依頼まれて二三度絵を描いたバルトン美術店の主人を訪ねて事情を打明けたが、世間の景気がわるいので何ともして貰う事は出来なかった。その時泉原が不図思い浮べたのは同店の顧客のA老人であった。老人は愛蘭北海岸、ゴルウェーの由緒ある地主で、一年の大半は倫敦に暮している。若い頃には支那にも日本にもいった事があるという。彼は東洋美術の愛好者であった。泉原はバルトンの店で屡々A老人と顔を合せた。