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うつくしいむら

美しい村

堀 辰雄

序曲「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)1933(昭和8)年6月25日、美しい村「改造」1933(昭和8)年10月号、夏「文藝春秋」1933(昭和8)年10月号、暗い道「週刊朝日 第25巻第13号」1934(昭和9)年3月18日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,946 字 · 84 页

青空文庫

という綽名をつけているところの大きな岩、それだけがあらゆる風化作用から逃れて昔からそっくりそのままに残っているかに見える、どっしりと落着いた岩を、いつまでも見まもっていた。

私はやがて再び枯葉をガサガサと音させながら、山径を村の方へと下りて行った。その山径に沿うて、落葉松などの間にちらほらと見える幾つかのバンガロオも大概はまだ同じような紅殻板を釘づけにされたままだった。ときおり人夫等がその庭の中で草むしりをしていた。彼等の中には熊手を動かしていた手を休めて私の方を胡散臭そうに見送る者もあった。私はそういう気づまりな視線から逃れるために何度も道もないようなところへ踏み込んだ。しかしそれは昔私の大好きだった水車場のほとりを目ざして進んでいた私の方向をどうにかこうにか誤らせないでいた。しかし其処まで出ることは出られたが、数年前まで其処にごとごとと音立てながら廻っていた古い水車はもう跡方もなくなっていた。それよりももっと悲しい気持になって私の見出したのは、その水車場近くの落葉松を背にした一つのヴィラだった。私の屡しば訪れたところのそのヴィラは、数年前に最後に私の見た時とはすっかり打って変っていた。