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うつくしいむら

美しい村

堀 辰雄

序曲「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)1933(昭和8)年6月25日、美しい村「改造」1933(昭和8)年10月号、夏「文藝春秋」1933(昭和8)年10月号、暗い道「週刊朝日 第25巻第13号」1934(昭和9)年3月18日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,946 字 · 84 页

青空文庫

私はそれまでアカシアの花をつけているところを見たことがなかったので、それが私の知らないうちにそんなにも沢山の花を一どに咲かしているからだとは容易に信じられなかったのであった。あのかよわそうな枝ぶりや、繊細な楕円形の軟かな葉などからして私の無意識の裡に想像していた花と、それらが似てもつかない花だったからであったかも知れない。そしてそれらの花を見たばかりの時は、誰かが悪戯をして、その枝々に夥しい小さな真っ白な提灯のようなものをぶらさげたのではないかと言うような、いかにも唐突な印象を受けたのだった。やっとそれらがアカシアの花であることを知った私は、その日はその小径をずっと先きの方まで行ってみることにした。アカシアの木立の多くは、どうかするとその花の穂先が私の帽子とすれすれになる位にまで低くそれらの花をぷんぷん匂わせながら垂らしていたが、中にはまだその木立が私の背ぐらいしかなくって、それが殆ど折れそうなくらいに撓いながら自分の花を持ち耐えている傍などを通り過ぎる時は、私は何んだか切ないような気持にすらなった。アカシアの並木は何処まで行っても尽きないように見えた。