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うつくしいむら

美しい村

堀 辰雄

序曲「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)1933(昭和8)年6月25日、美しい村「改造」1933(昭和8)年10月号、夏「文藝春秋」1933(昭和8)年10月号、暗い道「週刊朝日 第25巻第13号」1934(昭和9)年3月18日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,946 字 · 84 页

青空文庫

私はとうとう或る大きなアカシアを撰んでその前に立ち止まった。私は何とかしてこれらのアカシアの花が私に与えたさっきの唐突な印象を私自身の言葉に翻訳して置きたいと思ったのだ。それらの花のまわりには無数の蜜蜂がむらがり、ぶんぶん唸り声を立てていた。しかしそれらの蜜蜂は空気のなかで何処で唸っているともつかなかったし、それに私はさっきから自分の印象をまとめようとしてそれにばかり夢中になっていたので、そんな唸り声にふと気づく度毎に、何んだか私自身の頭脳がひどい混乱のあまりそんな具合に唸り出しているのではないかと言うような気もされた。……

※(アステリズム、1-12-94)

その村の東北に一つの峠があった。

その旧道には樅や山毛欅などが暗いほど鬱蒼と茂っていた。そうしてそれらの古い幹には藤だの、山葡萄だの、通草だのの蔓草が実にややこしい方法で絡まりながら蔓延していた。私が最初そんな蔓草に注意し出したのは、藤の花が思いがけない樅の枝からぶらさがっているのにびっくりして、それからやっとその樅に絡みついている藤づるを認めてからであった。そう言えば、そんなような藤づるの多いことったら! それらの藤づるに絡みつかれている樅の木が前よりも大きくなったので、その執拗な蔓がすっかり木肌にめり込んで、いかにもそれを苦しそうに身もだえ