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うつくしいむら
美しい村
堀 辰雄
序曲「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)1933(昭和8)年6月25日、美しい村「改造」1933(昭和8)年10月号、夏「文藝春秋」1933(昭和8)年10月号、暗い道「週刊朝日 第25巻第13号」1934(昭和9)年3月18日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,946 字 · 84 页
……やがて別館から彼女の父らしいものが姿を現した。そしてその二人づれは私の窓の前を斜めに横切って行ったが、見ると、彼女はその父よりも背が高いくらいであった。そしてその父らしいものが彼女にしきりに話しかけるのに、彼女はいかにも気がなさそうに返事をしながら、いつまでも私の方へ躑躅の茂みごしにその特徴のある眼ざしをそそぎつづけていた。……その二人が中庭を立ち去ってしまった跡も、私はしばらく、今しがたまでその少女が向日葵のように立っていた窓ぎわの方へ、すこし空虚になった眼ざしをやっていたが、ふと気づくと、そこいらへんの感じが、それまでとは何んだかすっかり変ってしまっているのだ。私の知らぬ間に、そこいら一面には、夏らしい匂いが漂い出しているのだった。……
その日の夕方の、別館の方への私の引越し、(今まで私の一人で暮らしていた、古い離れが修繕され始めるので――)その次ぎの日の、その少女の父の出発、それから他にはまだ一人も滞在客のないそんな別館での、その少女と二人っきりの、背中合わせの暮らし……。
しかし私は毎日のように、ほとんど部屋に閉じこもったきりで、自分の仕事に没頭していた。