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うつくしいむら
美しい村
堀 辰雄
序曲「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)1933(昭和8)年6月25日、美しい村「改造」1933(昭和8)年10月号、夏「文藝春秋」1933(昭和8)年10月号、暗い道「週刊朝日 第25巻第13号」1934(昭和9)年3月18日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,946 字 · 84 页
その時、私のそんな怪しげな地図の上に熱心に覗き込んでいる彼女の横顔をしげしげと見ながら、私は一つの黒子がその耳のつけ根のあたりに浮んでいるのを認めた。その時までちっともそれに気がつかないでいた私には、何んだかそれはいま知らぬ間に私の万年筆からはねたインクの汚点かなんかで、拭いたらすぐとれてしまいそうに思えたほどだった。
翌日、私は彼女が私の貸した地図を手にして、早速私の教えたさまざまな村の道を一とおり見歩いて来たらしいことを知った。それほど私の助言を素直に受入れてくれたことは、私に何んとも言いようのない喜びを与えた。
※(アステリズム、1-12-94)
そんな村の地図を手にして、彼女がひとりで散歩がてら見つけて来た、或るささやかな渓流のほとりの、蝙蝠傘のように枝を拡げた、一本の樅の木の下に、彼女が画架を据えている間、私はその画架の傍から、数本のアカシアの枝を透しながらくっきりと見えている、程遠くの、真っ白な、小さな橋をはじめて見でもするように見入っていた。それは六月の半ば頃、私が峠から一緒に下りてきた二人の子供たちと別れた、あの印象の深い小さな橋であった。