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うつくしいむら
美しい村
堀 辰雄
序曲「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)1933(昭和8)年6月25日、美しい村「改造」1933(昭和8)年10月号、夏「文藝春秋」1933(昭和8)年10月号、暗い道「週刊朝日 第25巻第13号」1934(昭和9)年3月18日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,946 字 · 84 页
私は彼女が私の話に気をとられてその男の方へはあんまり注意しないようにと仕掛けたのだ。しかし彼女は私の言うことには何んだか気がなさそうに応えるだけであった。そして彼女は、私がそばにいるのでひどく曖昧にされたような好意に充ちた眼ざしで、その男の方を見つめていた。少くとも私にはそんな気がした。すると、その男の方でも、私の知らないこの前の出会いの際に、彼女と交換した親しげな視線の続きとでも言ったような意味ありげな視線を彼女の方へ投げかけながら、そして思い出し笑いのようなものをふいと浮べながら、軽く会釈をして、私たちのそばを通り抜けて行った。
私はなんだか急に考えごとでもし出したかのように黙り込んだ。私たちはその橡の林を通り抜けて、いつか小さな美しい流れに沿い出していた。しかし私はいま自分の感じていることが何処まで真実であるのか、そんなことはみんな根も葉もないことなんじゃないかと疑ったりしながら、気むずかしそうに沈黙したまま、自分の足許ばかり見て歩いていた。そうして私は、そんな自分の疑いに対するはっきりした答えを恐れるかのように、いつまでも彼女の方を見ようとはしないでいた。