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せいかぞく
聖家族
小山 清
「文芸 第十一巻第三号」河出書房、1954(昭和29)年3月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,523 字 · 12 页
頬に押しつけられたヨセフの髯が痛かったからである。
「坊や。外へ行こうね。」
ヨセフはイエスを抱いて門口を出た。満八ヶ月になるイエスの躯は重く抱きごたえがあった。ヨセフはそのわが子の躯を、その勤勉な性質を語り顔な大きな節榑立った掌に受けた。ふだんイエスは外に出ることが好きだった。おなかが空いてむずかっているようなときでも、外に連出すとすぐに機嫌をよくした。
戸外は夏の夕ぐれであった。ここガリラヤのナザレの町は、いくつかの小高い丘にとりまかれた平和な谷間にある。聖書に「なんじの頭はカルメルのごとく」と女の頭髪をほめる譬に引かれたカルメルの山の濃緑に蔽われた美しい山容も、彼方に見える。いま夕陽はその山の背に沈みかけ、家々にはちらりほらりと灯火が点きはじめた。
彼方から鈴の音が聞えてきて、やがて羊飼の少年が羊の群を追って野から帰ってくるのに行逢った。少年はヨセフを見かけて、挨拶した。
「こんばんは。」
「こんばんは。」
ヨセフはその髯づらに柔和な微笑を浮べてうなずいた。イエスは羊の群の後を目で追うように、また羊の頸に下げた鈴の音の響を耳で追うように、ヨセフの岩乗な肩ごしに暫時うしろを向いていた。