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にくたい

肉体

豊島 与志雄

「文芸」1935(昭和10)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,219 字 · 26 页

青空文庫

そしてまた、彼女の生活についてこそ、これからどうするつもりかなどと、不安をも覚えたのです。ただ、それらのことを、はっきり、意識的に、指導的に、考えなかっただけのことです。いつでも、どうにでもなるだけの、時間と金と、安楽な地位とがあったのが、いけないのでしょうか。そうだ……と小野君は断言します。がそれよりも、私が驚いたことには、彼は何か腹を立てていました。一体芸術家なんてものは、得手勝手な、不道徳な、享楽的なものだと、私は思っていたのですが、その時、小野君の激しい一図な気性にふれて、私は眼をみはりました。君はばかだ、君達は生きてるも死んでるも同じことだ……なんかと彼は怒鳴りたてます。そうかと思うと、また調子が変って、自分は以前或る女と恋しあったが、相手がひどく理知的で、自意識が強く、愛だの芸術だの理想だの……人生の目的だの、そんな議論ばかり繰返してるうちに、とうとう別れてしまったと、変に感傷的に涙ぐんでさえいます。要するに、二人とも酔っていました。高価な苦しみを苦しまなければいけない、高価な戦を戦わなければいけない……そんなことを叫んだり、互に小突きあったり、握手をしあったりして、私もひとっぱし芸術家気質になりすまして……もうぬるま湯のような生活はすてようと私は云い、あの女を殴りつけ魂を呼びさましてやると