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にくたい
肉体
豊島 与志雄
「文芸」1935(昭和10)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,219 字 · 26 页
の一つの現われに過ぎなかったようです。芸妓廃業、世帯、出産、子供の死亡、移転、妊娠……そうした、私から考えれば彼女にとっての重大事らしい事柄も、一切を平気で受け容れ通りすぎてるのでした。そしていつも、若々しくにこやかにしていました。
驚嘆から、次には、負けた……その一言でつくせる気持です。もし自然というものがあるなら、彼女はそのいい見本でしょう。こんな時、ふっと、死にたくなる気持の起ることが、ないものでしょうか。私がもし一言云い出せば、彼女は即座に、ええいいわ、と云うにきまっています。そしたらもう、取返しのつかないことになりそうです……。
私は次第に憂欝になって、酒をのむことが益々多くなりました。友人たちの軽蔑の眼を……気のせいか……感ずることが多く、それよりも、小野君の怒ったような眼付が、更に私の胸を刺しました。
「この頃はどうだい?」
そう何気なく尋ねられても、私は苦笑を返すだけでした。そしていつぞや彼と喧嘩腰で云いあった時の言葉などが、ちらちら頭の底に浮んできました。そうだ……。私はいろいろなことで、親父に内緒で借財もあるし、この際何か仕事を見つけて働こう……かしら。