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はだいろのつき
肌色の月
久生 十蘭
「婦人公論」中央公論社、1957(昭和32)年4~8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 50,706 字 · 101 页
簡単な手続きだが、これで宇野久美子の中から、誰とも知れない別な人間を抽出したつもりだった。
予定どおりに豊橋で下車すると、久美子は車掌をつかまえて、汽車の中で書いておいたメモをわたした。
「すみませんが、これをアナウンスしてください。おねがい……」
間もなくホームの拡声器からアナウンスの声が流れだした。
「一二九号列車に乗っていられる東洋放送の宇野久美子さん……東洋放送の宇野久美子さん、お連れの方はつぎの便になりましたから、待たずにその汽車で行ってください」
風の吹きとおすホームのベンチでアナウンスの声を聞いていると、モヘアのしゃれたストールをかけた宇野久美子が実際に客車の中にいるような気がして、思わず笑ってしまった。宇野久美子という女性はたしかに豊橋まで汽車に乗っていたはずだが、それから先は行方知れずということになる。永久に大阪駅に着くことはないのだ。
久美子が恐れていたのは、自殺する意図のあったことを嗅ぎつけられ、しつっこく捜したてられることだったが、ここまで手を打っておけば、その心配もない。郷里の母は娘が帰ってくるなどとは思ってもいないし、伊那の農家では郷里の滞在が長びいているのだと思うだろう。