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はだいろのつき

肌色の月

久生 十蘭

「婦人公論」中央公論社、1957(昭和32)年4~8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 50,706 字 · 101 页

青空文庫

勘がよければ、医務の内科主任がはてなと思うのだろうが、そのときは湖底の吸込孔の中か、無縁墓地の土の下で腐っているはずだ。

五時二十分の名古屋発東京行の列車が着くと、久美子はちがうひとのような明るい顔で窓際の座席におさまると、ポスターのうたい文句をいくども口の中で呟いた。

「夢の湖、楽しい湖へ……」

阿鼻叫喚のすごい苦悶の中で息をひきとるのではなくて、自分がえらんだ、魅力のある方法で、ひっそりと消えて行くのだと思うと、なんともいえないほど楽しくて気持が浮き浮きしてきた。

正午すぎに伊東に着いた。

久美子は駅前の食堂で昼食をすませると、バスを見捨てて下田街道を湖水のあるほうへ歩きだした。

だいたいプラン通りに運んだ。あとは生存を廃棄するという作業が残っているだけ。さしあたって急ぐことはなにもない。二里たらずの道なら、どんなにゆっくり歩いても夕方までには着く。バスの中で知った顔に出っくわす危険をおかすより、気ままにブラブラと歩いて行くほうがよかった。

川奈へ行く分れ道の近く、急に空が曇って雨が降りだした。こんな雨は予想していなかったので、気持を乱しかけたが、濡れるなら濡れるまでのことだと、ガムシャラに雨の中を歩いていると、追いぬいて行ったプリムスが五メートルほど先で停った。