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のうのなかのれいじん

脳の中の麗人

海野 十三

「日の出」1939(昭和14)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,774 字 · 28 页

青空文庫

「まあ、そうでございましたか。博士が今後も診察をおつづけになるのなら、わたくしの心配もたいへん減ります。ですけれど、いまお話の今後の診察の件については、わたくし、まだちっとも伺っておりませんでした」

「それはそのはずだ。診察をするといっても、患者を診察室によびいれて診察するのではない。宮川氏は、診察されるのは大きらいなんだ。逆らえば、せっかく手術した大脳に、よくない影響を与えるだろう。逆らうことが、あの手術の予後を一等わるくするのだ。だから儂は、すくなくとも毎週一度は、宮川氏の様子を遠方から、それとなく観察するつもりだ。それが儂のいまいった診察なんだ。このことは当人宮川氏にも、また病院内の誰彼にも話してない秘密なんだから、そのつもりでいるように」

黒木博士と看護婦長との会話にあらわれた問題の患者宮川宇多郎氏は、わが身の上にこんな気がかりな話があるとはしるよしもなく、病室内を動物園の狼のように歩きまわっている。

彼は今朝、病院内の理髪屋で、のびきった髪を短く刈り、蓬々の髭をきれいに剃りおとし、すっかり若がえった。だが、鏡に顔をうつしていると、久しく陽に当らなかったせいか、妙に蒼ぶくれているのが気になった。