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のうのなかのれいじん

脳の中の麗人

海野 十三

「日の出」1939(昭和14)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,774 字 · 28 页

青空文庫

「おい、あの女だろう。空色のジャンバーを着て、赤い細いリボンをまいた黒い帽子をかぶっているあの女――ほら、いまハンドバッグを持ちかえた女だ」

「そうです、美枝子ですよ。宮川さん、放してください。僕は美枝子に会うのはいやだ」

「そんな気の弱いことでどうするんだ。ほら、美枝子さんは、こっちへ来る」

そういっているとき、美枝子の視線が二人の男の方に向いた。そしてはっとした様子で、足早にちかよってくる。矢部は、宮川の手を力一杯ふりきって、逃げてしまった。

後に宮川はひとりで立っていた。彼の眼は、いきいきと輝いていた。まるでゲーテが、久方ぶりで街で愛人ベアトリッチェに行きあったような恰好であった。

「ああ美枝子さん」

「まあ、どなたですの」といって女は宮川につかまれた手をふりほどきながら、「ああ、あの人をつかまえてください、矢部さんを」と身体をもだえた。

「ああ、矢部君のことですか。彼はあなたに会うのが恥しいといって逃げたんです。だが、私にまかせて置きなさい。わるいようにはしない」

「まあ、あなたは一体どなたですの。矢部さんのお友だち? ――ちょっと、皆がみていますわ。