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まいひめ

舞姫

森 鴎外

「國民之友第六拾九號」民友社、1890(明治23)年1月3日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,190 字 · 33 页

青空文庫

明日に迫るは父の葬、たのみに思いしシャウムベルヒ、君は彼を知らでやおわさん。彼は『ヰクトリア』座の座頭なり。彼が抱えとなりしより、はや二年なれば、事なくわれらを助けんと思いしに、人の憂いにつけこみて、身勝手なるいいがけせんとは。われを救いたまえ、君。金をば薄き給金をさきて還し参らせん。よしやわが身は食わずとも。それもならずば母の言葉に」彼は涙ぐみて身をふるわせたり。その見上げたる目には、人に否とはいわせぬ媚態あり。この目の働きは知りてするにや、また自らは知らぬにや。

わが隠しには二、三「マルク」の銀貨あれど、それにて足るべくもあらねば、余は時計をはずして机の上に置きぬ。「これにて一時の急を凌ぎたまえ。質屋の使いのモンビシュウ街三番地にて太田と尋ね来ん折りには価を取らすべきに」

少女は驚き感ぜしさま見えて、余が辞別のためにいだしたる手を唇にあてたるが、はらはらと落つる熱き涙をわが手の背に濺ぎつ。

ああ、何らの悪因ぞ。この恩を謝せんとて、自らわが僑居に来し少女は、ショオペンハウエルを右にし、シルレルを左にして、終日兀坐するわが読書の窓下に、一輪の名花を咲かせてけり。