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ばしょうについて

芭蕉について

宮本 百合子

「新女苑」1940(昭和15)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,634 字 · 14 页

青空文庫

江戸へ上ったのは宗房が二十九歳の寛文十二年であった。釣月軒として一人前の宗匠であったろう。青年宗匠として彼の才分は、もし生計を打算したら大阪で生活しても行けるだけのものであったろうのに、宗房釣月軒はどんな心持から江戸へ目を向けたのだろうか。江戸へ老後の安楽を求め、立身出世の道を求めて来たとすれば彼は失敗した。江戸で同じ季吟門下の卜尺の厄介になり、或は幕府の御納屋商人杉山杉風の世話をうけたりした。又幕府の小石川関口の水道工事の役人になって何年か過したが、この経済的に不遇な感受性の烈しい土木工事監督の小役人は、その間に官金を使いこんだ廉で奉行所から処分されたりもしている。

明け暮れのたつきは小役人として過しており、芸術に向う心では釣月軒として自分と周囲の生活とを眺めている宗房の目に映る寛永年代の江戸は、家光の治世で、貿易のことがはじまり、大名旗本の経済は一面の逸遊の風潮とともに益々逼迫しつつあった。米価はひどい騰貴で商人は肥え、庶人は困窮し、しかも日光の陽明門が気魄の欠けた巧緻さで建造され、絵画でも探幽、山楽、光悦、宗達等の色彩絢爛なものがよろこばれている。