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はなさかぬリラ

花咲かぬリラ

山本 周五郎

「新青年」公友社、1946(昭和21)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,378 字 · 36 页

青空文庫

駅員に宿屋をきいたが、こんな時勢だし時間が時間だから起きまいと云う、長瀞という所をきくと歩いて一時間足らずだとのことで、これも初めて訪ねるにはすぐ歩きだすと早く着きすぎてしまう、仕方がないので彼は待合室のベンチでひと眠りすることにした。

そういうことには馴れているので、さすがに北国の寒さはかなり厳しかったが、案外なくらいよく眠れて、覚めたときはすでにガラス窓の外がほのかに白みはじめ、一番列車に乗る客がちらほら集まりだしていた。……顔を洗おうと思ったが、どうやら洗面所もないらしいので、彼は手鞄を持って駅を出た。町はそこから離れているらしく、屋根の低いうら寂れた家並みのひと側並びに続く道が、霜を結んで凍てたまま西のほうへ延びている、その道の向こうには阿武隈山脈の高低の多い山峻が迫っていて、赤く枯れた草地と松林との斑な山肌を、未明の光の下にさむざむと横たえていた。

長瀞という地名から渓流の畔を想像していたが、二度ばかり訊き訊きしてゆき着いたそこは、国道から山ふところへ二町あまりも爪先登りに登った高台で、ひと胯ぎほどの細流のある他には川らしいものもなく、まったくの山家という感じだった。