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はなさかぬリラ
花咲かぬリラ
山本 周五郎
「新青年」公友社、1946(昭和21)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,378 字 · 36 页
道が二岐に分かれるところに大きな胡桃の樹が立っている、その右側に噴き井のあるのをみつけて、彼はまず顔を洗い、朝日のぬくぬくと射しつけている草の上に腰を下ろして鞄を開いた。吉村家でこしらえてくれた、黒い雑粉パンにサラダをはさんだサンドイッチと、握飯の包みを取り出し、噴き井の水を啜りながら食欲のない口へ押し込むような気持で食べた。……こうしてサンドイッチをようやく三つ食べたとき、道の上から一人の男が下りて来た、なにげなく見るといま別れて来た杉浦家の作男だった、しかも自分の背中を小突いた若者である、「ほう」と、来太はそっちを見た。男は気づかぬとみえ、小さな風呂敷包を首にしばりつけ、腕組みをして、せかせかと道を左へ曲がっていった。
「……そうか」来太はにやっと笑った、例の悪戯小僧のような笑い方である、
「……ちょっとお礼をするだけでもいいだろう」
そう呟やくと手早く鞄を閉めて立ち、道へ上がって若者の跡を追った。……作男は小造りの体の上半身をかがめるような姿勢で、国道のほうへ急ぎ足にゆく、ちょうど小さな切通しになっている手前に、左側が藪で、右側になにかの祠でもあるのだろう、杉林に囲まれた湿め湿めした広場がある、来太はそこで追いついた。