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はなこのちんじゅつ

花子の陳述

豊島 与志雄

「別冊文芸春秋」1952(昭和27)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,726 字 · 22 页

青空文庫

是非、生い立ちの記をお書きなさらなければいけません。」

そのようなことを饒舌り立てて、美津子さんはぷいと二階へ行ってしまいました。母は煙に巻かれたようで、わたくしの顔を眺めました。

「わたしにはよく分らないけれど、どういうことでしょうかねえ。」

もとより、年若いわたくしには、分りようはありませんでした。ただ、なんだかおかしな話だと思われただけでした。

でも、美津子さんは「生い立ちの記」のことを忘れないでいると見えて、時々、母へ向って、書いていますかと尋ねました。母が首を振って微笑しますと、お書きなさいと勧めて、二階へ上ってゆきました。御自身では、せっせと書き続けておられたのでしょう。

その原稿を、わたくしは一度も見たことがございません。人様のものは、たとえ葉書一枚でも、見てはならないと、そういう母のしつけだったのです。ですから、美津子さんの原稿などを盗み見ることは、わたくしには出来ませんでした。

美津子さんは物を書いたり読んだりすることには、じつに熱心でしたが、その反面、家事のことや炊事のことは、投げやりのようでした。洗濯もあまりなさらないし、たいていの物は洗濯屋に出してしまい、繕い物もあまりなさらないようでした。