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かしょく

花燭

太宰 治

1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,501 字 · 38 页

青空文庫

背広は、無地の紺、ネクタイは黒、ま、普通の服装であろう。私は、あたふた上野駅にいそぐ。土産は、買わないことにしよう。姪、甥、いとこたち、たくさんいるのであるが、みんなぜいたくなお土産に馴れているのだから、私が、こっそり絵本一冊差し出しても、ただ単に、私を気の毒に思うだけのことであろうし、また、その母たちが或る種の義理から、この品物は受け取れませぬ、と私に突きかえさなければならぬようなことでも起れば、いよいよたいへんである。私は、お土産を買わないことにしよう。切符を買って汽車に乗る。

故郷に着いて、ほとんど十年ぶりで田舎の風物を見て、私は、歩きながら、泣くかも知れない。気を取り直して、家へはいる。トランクひとつさげていない自身の姿を、やりきれなく思う。家の中は、小暗く、しんとしている。あによめが、いちばんさきに私の姿を見つけるにちがいない。私は、すでに針のむしろの思いである。私は、阿呆のような無表情にちがいない。ただ、ぬっとつっ立っている。あによめの顔には、たしかに、恐怖の色があらわれる。ここに立っているこの男は、この薄汚い中年の男は、はたしてわたしの義弟であろうか。