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かしょく

花燭

太宰 治

1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,501 字 · 38 页

青空文庫

無趣味は、時間的乃至は性格的な原因からでなくて、或いはかれの経済状態から拠って来たものかも知れない。

その日、男爵は二時間ちかく電車にゆられて、撮影所のまちに到着した。草深い田舎であったが、けれどもかれは油断をしなかった。金雀枝の茂みのかげから美々しく着飾ったコサック騎兵が今にも飛び出して来そうな気さえして、かれも心の中では、年甲斐もなく、小桜縅の鎧に身をかためている様なつもりになって、一歩一歩自信ありげに歩いてみるのだが、春の薄日を受けて路上に落ちているおのれの貧弱な影法師を見ては、どうにも、苦笑のほかはなかった。駅から一丁ほど田圃道を歩いて、撮影所の正門がある。白いコンクリートの門柱に蔦の新芽が這いのぼり、文化的であった。正門のすぐ向いに茅屋根の、居酒屋ふうの店があり、それが約束のミルクホールであった。ここで待って居れ、と言われた。かれは、その飲食店の硝子戸をこじあけるのに苦労した。がたぴしして、なかなかあかないのである。あまの岩戸を開けるような恰好して、うむと力こめたら、硝子戸はがらがらがら大きな音たてて一間以上も滑走し、男爵は力あまって醜く泳いだ。