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わかきひのジンギスカン
若き日の成吉思汗
林 不忘
――市川猿之助氏のために――
N1 · 挑战 · 新字新假名 · 33,827 字 · 68 页
(身も世もなく泣きつつ急き立てる)
木華里 それでは、合爾合姫、たしかにわが大将の陣営へ、一人でおいでになるのですな。うむ、お待ち申しておりますぞ。
合爾合姫 念には及びませぬ。わたしはもう覚悟を――そう言う間も気が急きます。あの台察児さまが上って来ないうちに、早く! 早くお逃げ下さい。
と薄暗い中に木華里をさし招き、下手の小さな戸口から出しやる。
合爾合姫 この石段をまっすぐ下りて、突き当りの廊下を左へ出れば、城の横手の草原へ抜けられます。そこらは城兵も尠いはず、さ、一刻も早く――。
木華里は一礼して走り下りる。合爾合姫は独り頷首いて、おのが居間に通ずる上手の扉へ駈け入る。しばらく舞台空く。油の煮える煙り一度に上がる。群集の悲鳴凄まじく響く。すぐにその同じ上手の戸口から、妃の盛装の上に大きな鹿の皮を被った合爾合姫が、そっと一人忍び出て来る。舞台中央に立ち停まり、ひそかにふところから懐剣を取り出して引き抜き、じっと見入る。
合爾合姫 (独語)この札荅蘭族へ輿入れする時、父の瑣児肝失喇から渡されたこの守り刀が、こんな役に立とうとは思わなかった。もし成吉思汗が無礼を働いたら、いっそ一思いにこの胸を――。