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もきちのいちめん

茂吉の一面

宇野 浩二

「図書」岩波書店、1957(昭和32)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,671 字 · 10 页

青空文庫

その時分の茂吉の歌に、「一とせを鴨山考にこだはりて悲しきこともあはれ忘れき」というのがある。この歌の中の「悲しきことも」とあるのは、茂吉が、その頃の或る歌集の「後記」のなかに、「この両年は実生活の上に於いて不思議に悲歎のつづいた年であつた。」と書き、又、その歌集のなかの、「ひとり寝にすでに馴れつつ枕べに書をかさねてあかりを消しぬ」、「街にいでて何をし食はば平けき心はわれにかへり来むかも」などと詠んだ気もちであろうか。ところで、これらの歌だけを読んでも、茂吉ぐらいの歌人になれば、(いや、大方の勝れた歌人になれば、)いかなる不幸に逢っても、どんなに悲歎にくれても、それを歌に詠むことが出来るのであるから、……と、私は、極めて当たり前のことを考えながら、しかし、「うらやましいなア、」と思った。

さて、次ぎの昭和十五年七月十一日の葉書の文句の中に、「小生晩春よりかけて元気之無候、」という言葉があるが、私がもらった五十通にちかい茂吉の書簡や葉書の中に、「元気がよい」という意味の文句があるのは一つもない。俗に、大抵の病人は、「よさそうですね、」と云われるより、「お悪そうですな、」