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かつしかみやげ

荷風随筆集(上)

永井 荷風

永井荷風『荷風随筆集(上)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:葛飾土産、鐘の声、銀座、里の今昔、寺じまの記、伝通院、夏の町、日和下駄、深川の散歩、放水路、水のながれ、向嶋、向島、元八まん、霊廟。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,224 字 · 269 页

青空文庫

以後向島居住の有志者は常に桜樹の培養を怠らず、時々これが補植をなし、永くこの堤上を以て都人観花の勝地たらしむべく、明治二十年に植桜之碑を建てて紀念となした。建碑について尽力した人の重なるものは、その時には既に世を去っていた成島柳北と今日なお健在の富商大倉某らであった事が碑文に言われている。かくの如く堤上の桜花が梅若塚の辺より枕橋に至るまで雲か霞の如く咲きつらなったのは、江戸時代ではなくしてかえって明治十年以後のことであったのだ。梅若神社の堂宇の新に建立せられたのもその頃のことである。長命寺門前の地を新に言問ヶ岡と称してここに言問団子を売る店のできたのもまたこの時分である。言問団子の主人は明治十一年の夏七月より秋八月の末まで、都鳥の形をなした数多の燈籠を夜々河に流して都人の観覧に供した。成島柳北は三たびこの夜の光景を記述して『朝野新聞』に掲げた。大沼枕山が長命寺の門外に墨水観花の碑を建てたのも思うにまたこの時分であろう。

かつてわたくしはこの時分の俗曲演劇等の事を論評した時明治十年前後の時代を以て江戸文芸再興の期となしたが、今向島桜花のことを陳るに及んで更にまたその感がある。