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くさもみじ
荷風随筆集(下)
永井 荷風
永井荷風『荷風随筆集(下)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:草紅葉、西瓜、梅雨晴、正宗谷崎両氏の批評に答う、裸体談義。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,512 字 · 63 页
電車の通らない頃の九段坂は今よりも嶮しく、暗かったが、片側の人家の灯で、大きなものを背負っている男の唖々子であることは、頤の突出たのと肩の聳えたのと、眼鏡をかけているのとで、すぐに見定められた。
「おい、君、何を背負っているんだ。」と声をかけると、唖々子は即座に口をきく事のできなかったほどうろたえた。横町か路地でもあったら背負った物を置き捨てに逃げ出したかも知れない。
「君、引越しでもするのか。」
この声の誰であるかを聞きわけて、唖々子は初めて安心したらしく、砂利の上に荷物を下したが、忽命令するような調子で、
「手伝いたまえ。ばかに重い。」
「何だ。」
「質屋だ。盗み出した。」
「そうか。えらい。」とわたしは手を拍った。唖々子は高等学校に入ってから夙くも強酒を誇っていたが、しかしわたしともう一人島田という旧友との勧める悪事にはなかなか加担しなかった。然るにその夜突然この快挙に出でたのを見て、わたしは覚えず称揚の声を禁じ得なかったのだ。
「何の本だ。」ときくと、
「『通鑑』だ。」と唖々子は答えた。
「『通鑑』は『綱目』だろう。」
「そうさ。『綱目』でもやっとだ。『資治通鑑』