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らくらいのあと

落雷のあと

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,072 字 · 14 页

青空文庫

「僕のことを書いたものです。専務が見たら、あなたもあとで見て下さい。」

その自分の声を、彼は他人のもののように聞きました。

彼女は小首をかしげて、殆んど無心に人形のような笑顔をしました。

「専務さんより、先に見るわ。ね……。」

念を押されたのをそのままにして、彼も機械的に笑顔をしました。そしてくるりと向き直って、階段を降りてゆきました。

すべてが、何事もなかったかのように静穏に決行されました。雷に打たれた欅の大木が、痛ましい姿とは観ぜられず、ただ静かに静かに、水中ででもあるかのように、一瞬間、彼の眼に浮びました。

街路には斜陽が照り、高い建築の影がくっきりと印せられていました。その日向の方を、彼は歩いてゆきました。掘割の岸に出ると、ちょっとその中に飛びこみたくなる気持ちを、それも泳いでみたいためであることを、彼は夢のように感じました。

電車にも乗らず、四十分あまり歩いて、久保辰彦のところへ行きました。

久保辰彦は、専門学絞時代の彼の同窓で、暫く交際も途絶えていましたが、終戦後に偶然出逢ってみれば、やはり距てない仲でした。空襲で半焼けになった小さな印刷工場を、どこで金を工面したか久保は買い取って、数名の同志と共同経営をしていました。