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たでくうむし

蓼喰う虫

谷崎 潤一郎

「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页

青空文庫

そう云えばいつぞや常陸の国の平潟の港に遊んだ時、入り江を包む両方の山の出鼻に燈籠があって岸にはずっと遊女の家が並んでいたのを、いかにも昔の船着場らしい感じだと思ったことがあるのは、かれこれ二十年も前だったろうか。が、平潟の廃頽的なのに比べたら、ここはさすがに晴れやかで、享楽的である。多くの東京人がそうであるように孰方かと云えば出不精の方で、めったに旅行などしたことのない要は、一と風呂浴びて宿屋の欄干に倚っている浴衣がけの自分の姿をかえりみると、ほんの海を一つ越えた瀬戸内の島へ渡ったばかりで、なんだか馬鹿にはるばると来たような心地がする。実を云うと、出がけに老人が誘った折には彼はそんなに気が進んではいなかった。何しろ老人の計画と云うのは、お久を連れて淡路の三十三箇所を順礼しようと云うのであるから、又してもアテられることであろうし、折角の老人の楽しみを邪魔するでもなし、遠慮した方がいいと思ったのに、「なに、そんな気がねには及ばない、私たちは洲本に一日二日泊まって、人形芝居の元祖である淡路浄瑠璃を見物する。それから順礼のいでたちになって霊場廻りをするのだから、せめて洲本まで附き合いなさい」