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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
七つ八つの男の児に取っては、十四五の娘も二十歳前後の大人と変りなく見えるものだし、まして痩せぎすの年増のような姿をしていたその児の様子は、ずっと自分より姉に思えた。そればかりでなく、たしか彼女の膝の前には煙草盆が置いてあって、手に長煙管を持っていたような気がするのである。尤もその頃は江戸末期のいなせな風が下町の女に残っていて、要の母なぞも暑い時分は腕まくりなぞをしたものだから、煙草を吸っていたことが大人であったと云う証拠にはならないかも知れない。要の家は四五年してから日本橋の方へ移ったので、彼が彼女を垣間見たのは後にも先にもたった一度だったけれど、でもそれからは琴のしらべと唄のこえとに一としお耳をそばだてるようになって、彼女が好んで繰り返すのが「ゆき」と云う曲であることを、母から聞いた折があった。それは琴唄ではあるが、時には三味線に合わせてもうたう。東京ではあの唄のことを上方唄と云うのだと、母が教えた。
そののち彼はその「ゆき」の唄をふっつり耳にしなかったので、忘れるともなく忘れるままに十何年かを過ごしてから、ひととせ上方見物に来て祇園の茶屋で舞妓の舞いを見た折のこと、久しぶりに又その唄を聞くことが出来ていいしれぬなつかしさを覚えた。