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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
「そんな事は問題にしていやしません、僕が許したんですから、『不義』と仰っしゃって下すっては、美佐子が可哀そうなんです」
「けれども不義はやっぱり不義だね、そうなる前にちょっと私に答えてくれたらよかったんだが、………」
要は老人の婉曲な批難に無言で報いるより外はなかった。申し開きの道はいくらもあるが、その道理の分らない老人ではない、分っていながらそれを口にした言葉の裏に、親としての悲しい愚痴の含まれているのが、刃向えないような気がした。
「いろいろ僕も手を尽さなかった所はあると存じます。ああもすればよかったと思うこともないではないんですけれど、今では後の祭ですし、それに何より美佐子の決心が堅いんですから、………」
いつの間にか土庇の外からさしている日の光が弱くなって、部屋の隅々に暗い蔭が作られていた。老人は上田紬の万筋の単衣の下に夏痩せのした膝頭をそろえて、団扇で蚊遣りの煙を追いながら、思いなしか眼ぶたをしばだたいているのは、除虫菊に咽んだのかも知れない。………
「これは成る程、あなたの方を先にしたのは私の出ようがまずかった。―――要さん、とにかくなんにも云わないで、私に美佐子を二三時間預けては下さるまいか」