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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
」と云うのであって、いつも杉の葉の青々としたのを朝顔に詰めるのはいいとして、「純日本式の、手入れの届いた厠には必ず一種特有な、上品な匂いがする、それが云うに云われない奥床しさを覚えさせる」と云うような奇抜な意見さえあるのだが、雪隠の方はともかくも、風呂場の暗いのにはお久も内証で不便をかこつことがあった。彼女の話だと、丁子も近頃はエッセンスを売っているから、その一二滴を垂らしさえすれば済むものを、矢張昔風に実の干したのを袋に入れて、湯の中へ漬けておかなければ老人が収まらないのだと云う。
「肩流しておくれやすんやけど、あんまり暗おすので、前とうしろと間違えたりおしやしてなあ」
要はお久のそんな言葉を想い出しながら、柱にかけてある糠袋を見た。
「お加減はどうどす?」
と、焚き口の方でお久らしい声が云った。
「結構です。それより誠にすみませんが電気をつけて貰えませんか」
「ほんに、そうどしたなあ」
しかし点された電燈と云うのが、それもことさらそうしてあるのに違いない豆ランプ程の球であるから、ひとしお陰気で暗さが増したような気がする。要は流しに出ていると体じゅうを藪蚊が喰うので、ざっとシャボンも使わずに汗を洗い落してから丁子の湯の中に浸りきっていたが、そうしていても蚊は相変らず首の周りへ襲って来る。