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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
………」
「そらなあ、奥様」
と、取りなすようにお久は云って、老人と美佐子とを半々に見た。
二人はそれをいいしおに、次の幕の口上が始まりかけたのを聞きながら、廊下までお久に送られて出た。
「あんまり親孝行にもならなかったわね」
道頓堀の夜の灯の街へ吐き出されたとき、美佐子はほっとしたように云って、それには答えず戎橋の方へ足を向けかけた夫を呼んだ。
「あなた、そっちじゃあないことよ」
「そうか」
と、要は引っ返して日本橋の方へ、こころもち急ぎ足で行く彼女のあとに追いつきながら、
「いや、あっちへ行った方がいい車が拾えると思ったんだ」
「もう何時?」
「六時半だよ」
「どうしようかしら、………」
妻は袂から手袋を出して、それを篏めながら歩いていた。
「行くならおいでな。行って行けないと云う時間でもない。………」
「此処からだと、梅田から汽車で行った方が早いでしょうか」
「早いことを云やあ、阪急で行って上筒井から自動車の方がいいだろう。―――しかしそうすると、此処で別れてもいい訳なんだな」
「あなたは?」
「僕は心斎橋筋をぶらついて帰る」
「じゃあ、………もしか先にお帰りになったら、十一時に迎えに出ているように仰っしゃって下さらない? 電話をかけるつもりだけれど」