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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
でないと云う関係、―――夫婦でないものが夫婦になっていると云う意識が気づまりな思いをさせるのであって、もし二人が友達であったら却って仲よく行ったかも知れない。それゆえ要は去ってからでも附き合いをしないと云うのではない。相当の年所をさえ経たなら、過去の記憶に煩いされるところなく、阿曽の妻として、弘の母なる人として、ずいぶん心やすく往復されそうにも感ずるのである。尤もその時になってみると阿曽の手前や世間の眼もあってそうは出来にくいにしてからが、少くとも二人がそういう見透しを持って別れられたら、「別れる」と云う悲しみをどんなに軽くするか知れない。「弘が重い病気にでもなったら、きっと知らして下さるでしょうね。そんな時には見舞いに行ってもいいことにして下さらないじゃ困るわ。阿曽も承知なんですから」と美佐子が云うのは、弘の父の病気の場合をも含めているに違いないし、要の方でも彼女の身に就いて望むところは同じであった。夫婦としては不仕合わせなお互であったにもせよ、とにもかくにも十年に余る歳月のあいだ起き伏しを共にし、子をまで儲けた二人ではないか。それが一旦別れたからと云って、路傍の人を視るようにしなければならないとは、―――お互の身に万一のことがあった場合に臨終にさえ会ってならないとは、―――そんな理由は何処にあろう。