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たでくうむし

蓼喰う虫

谷崎 潤一郎

「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页

青空文庫

その七

僕みたいな貧乏人にはとてもそんな時間はないよ」

「だって、高夏さんは成金だって云う話じゃないの?」

「ところが折角儲けたと思ったら、又損をしちゃった」

「どうして?」

「ドルの相場で」

「そう、そう、百八十ドルはいくらになるんだい? 忘れないうちに払って置こうか」

「いいんでしょう? これはお土産なんでしょう?」

「馬鹿云っちゃいけない! そんな高いお土産があるもんか。これは抑も頼まれて買って来たんですよ」

「じゃあ、あたしのお土産は? 高夏さん」

「や、そいつをすっかり忘れていたっけ。ちょっと彼方へ見に来ませんか。どれでもあの中で好いのを上げます」

二人は高夏の部屋に充てられた洋館の二階へ上った。

その七

「まあ、臭い!」

部屋へ這入ると、美佐子はばたばたと袂でその辺の空気をハタいた。そしてその袖で顔をおさえて急いであるだけの窓を開いた。

「臭いわ、ほんとうに、高夏さんは。―――今でもあれを召し上るの?」

「ええ、たべますよ。その代り始終この通り上等の葉巻を吸っているんだ」

「葉巻の匂いがごっちゃになってるからなお変なんだわ。まあ、ほんとうに、部屋じゅうに籠っちまって、何ていう臭さだろう。