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しょうしょうじゅうさんねん

蕭々十三年

山本 周五郎

「新国民」1942(昭和17)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,105 字 · 16 页

青空文庫

参覲のいとまが出て、監物忠善が岡崎へ帰ったのは、その翌年の一月のことだった。まえにも記したように忠善は荒大名として名高い人物だったが、それはいたずらに横車を押すという意味ではない、彼は禅に精しく、儒学によく通じていた。また、小幡勘兵衛を師として兵学を研鑽し、その兵書に「水野抄」という一巻を加えたほどの見識があった。弓にも馬にもすぐれていたし、殊に一刀流では小野次郎右衛門から奥儀をゆるされていたというくらいである。……忠善は岡崎城にいるあいだ侍女というものを一さい近づけなかった、裁縫をする女が城外にいるだけで、女性というものは城の内へ一歩も入れさせなかった。朝は四時から五時のあいだに起き、冬はみずから氷を割って顔を洗う。髪も自分で髻にむすぶ、明け六ツ(六時)の太鼓が鳴るのを聞いて宿直の者を起し、自分は馬場へ出て馬をせめる。それも毎朝必ず三頭ぐらいは乗りこなしたという。それが済んでから食事をするのだが、食事はじつに質素なもので、湯づけ飯に香物、焼味噌というのがきまりだった。魚鳥の料理などが出るのは式張ったときで、年に何回と数えるほどしか無かった。

岡崎へ帰った、その翌朝のことであった。