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はくめい

薄明

太宰 治

新紀元社刊、1946(昭和21)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,073 字 · 18 页

青空文庫

義妹も、かえって私たちには遠慮をして、ずいぶん子供たちの世話もしてくれて、いちども、いやな正面衝突など無かったが、しかし、私たちには「家を喪った」者のヒガミもあるのか、やっぱり何か、薄氷を踏んで歩いているような気遣いがあった。結局、里のほうにしても、また私たちにしても、どうもこの疎開という事は、双方で痩せるくらいに気骨の折れるものだという事に帰着するようである。しかし、それでも私たちの場合は、疎開人として最も具合いのよかったほうらしいのだから、他の疎開人の身の上は推して知るべきである。

「疎開は、するな。家がまる焼けになる迄は、東京にねばっているほうがよい。」

と私はその頃、東京で家族全部と共に残留している或る親しい友人に書き送ってやった事もあった。

甲府へ来たのは、四月の、まだ薄ら寒い頃で、桜も東京よりかなりおくれ、やっとちらほら咲きはじめたばかりであったが、それから、五月、六月、そろそろ盆地特有のあの炎熱がやって来て、石榴の濃緑の葉が油光りして、そうしてその真紅の花が烈日を受けてかっと咲き、葡萄棚の青い小粒の実も、日ましにふくらみ、少しずつ重たげな長い総を形成しかけていた時に、にわかに甲府市中が騒然となった。