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はくめい

薄明

太宰 治

新紀元社刊、1946(昭和21)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,073 字 · 18 页

青空文庫

攻撃が、中小都市に向けられ、甲府も、もうすぐ焼き払われる事にきまった、という噂が全市に満ちた。市民はすべて浮足立ち、家財道具を車に積んで家族を引き連れ山の奥へ逃げて行き、その足音やら車の音が深夜でも絶える事なく耳についた。それはもう甲府も、いつかはやられるだろうと覚悟していたが、しかし、久し振りで防空服装を解いて寝て、わずかに安堵するかせぬうちに、またもや身ごしらえして車を引き、妻子を連れて山の中の知らない家の厄介になりに再疎開して行くのは、何とも、どうも、大儀であった。

頑張って見ようじゃないか。焼夷弾を落しはじめたら、女房は小さい子を背負い、そうして上の女の子はもう五つだし、ひとりでどんどん歩けるのだから、女房はこれの手をひいて三人は、とにかく町はずれの田圃へ逃げる。あとは私と義妹が居残って、出来る限り火勢と戦い、この家を守ろうじゃないか。焼けたら、焼けたで、皆して力を合せ、焼跡に小屋でも建てて頑張って見ようじゃないか。

私からそれを言い出したのであったが、とにかく一家はそのつもりになって、穴を掘って食料を埋めたり、また鍋釜茶碗の類を一揃、それから傘や履物や化粧品や鏡や、針や糸や、とにかく家が丸焼けになっても浅間しい真似をせずともすむように、最少限度の必需品を土の中に埋めて置く事にした。