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ふじだなのかげから

藤棚の陰から

寺田 寅彦

「中央公論」1934(昭和9)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,285 字 · 17 页

青空文庫

蜜蜂が蜜を集めている。一つ一つの蜜蜂にはそれぞれの哲学があるのかもしれない。しかしそんなことはどうであっても彼らが蜜を集めているという事実には変わりはないのである。そうして彼らにもわれらにも役に立つものは彼らの哲学ではなくて彼らの集めた蜜なのである。

マルキシズムその他いろいろなイズムの立場から蜜蜂に注文をつけるのは随意であるが、蜜蜂はそんな注文を超越してやっぱり同じように蜜を集めるであろう。そうして忙しい蜜蜂はおそらくそういう注文者を笑ったりそしったりする暇すらないであろうと思われる。

十五

中庭の土に埋め込んだ水甕に金魚を飼っている。Sがたんせいして世話したおかげで無事に三冬を越したのが三尾いた。毎朝廊下を通る人影を見ると三尾喙を並べてこっちを向いて餌をねだった。時おりのら猫がねらいに来るので金網のふたをかぶせてあったのがいつとなくさび朽ちて穴の明いているのをそのままにしてあった。この夏のある朝見たら三尾の一尾が横になって浮いている。よく見ると鰓の下に傷あとがあって出血しているのである。金網の破れから猫が手を入れて引っかけそこなったものと思われた。