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ふじだなのかげから

藤棚の陰から

寺田 寅彦

「中央公論」1934(昭和9)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,285 字 · 17 页

青空文庫

そこが兼山のねらいどころであったろう。

これが「百羽に一羽」というのではまずい。もし一プロセントの中毒率があるとすればその実例が一つや二つぐらいそこいらにありそうな気がするであろう。また「万羽に一羽」でもうまくない。万人に一人では恐ろしさがだいぶ希薄になる。万に一つが恐ろしくては東京の町など歩かれない。やはり「千羽に一羽」は動かしにくいのである。

こういうおどかしはしかし兼山に対する民衆の信用が厚くなければなんの効能もなくなることである。

兼山の信用があまりに厚かったためにいろいろの類似の言い伝えが、なんでもかでも兼山と結びつけられているのではないかという疑いもある。実際土佐では弘法大師と兼山との二人がそれぞれあらゆる奇蹟と機知との専売人になっているのである。

十七

野中兼山の土木工学者としての逸話を二つだけ記憶している。その一つは、わずかな高低凹凸の複雑に分布した地面の水準測量をするのに、わざと夜間を選び、助手に点火した線香を持って所定の方向に歩かせ、その火光をねらって高低を定めたと言い伝えられていることである。しかしねらうのには水準器のついた望遠鏡か、これに相当する器械が必要であろうがそれについては聞いたことがない。