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ふじだなのかげから
藤棚の陰から
寺田 寅彦
「中央公論」1934(昭和9)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,285 字 · 17 页
七
むかでの歩くのを見ていると、あのたくさんの足が実に整然とした運動をしている。一種の疎密波が身長に沿うて虫の速度よりは早い速度で進行する。
もしか自分がむかでになってあれだけのたくさんな足を一つ一つ意識的に動かして、あのような歩行をしなければならないとしたら実にたいへんである。思ってみるだけでも気が狂いそうである。
しかしよく考えてみると人間の一挙手一投足にも、実はむかでの足の神経などに比べて到底比較のできないほど多数の神経細胞が働いているであろう。そんなことは夢にも考えないでむかでの足を驚嘆しながら万年筆をあやつってこんなことを書くという驚くべき動作をなんの気もなく遂行しているのである。
八
軍隊用のラッパの音は勇ましい音の標本になっているようである。なるほど自分の面前の近距離で吹き立てられるとかなり勇ましく、やかましいくらい勇ましい。しかし木枯らし吹く夕暮れなどに遠くから風に送られて来るラッパの声は妙に哀愁をおびて聞こえるものである。
勇ましいということの裏には本来いつでも哀れなさびしさが伴なっているのではないかという気がする。