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きょこうのはる

虚構の春

太宰 治

「文学界」1936(昭和11)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,586 字 · 108 页

青空文庫

も、そんなものだよ、パッション失わぬうちに書け、鉄は赤いうちに打つべし、と言われているよ。私は、けれども聞えぬふりした。しらじらしく、よそごとのみを興ありげに話すのだ。兎どころか、私のふるさとでは美しい女さえ溶けてしまうのです。吹雪の夜に、わがやの門口に行倒れていた唇の赤い娘を助けて、きれいな上に、無口で働きものゆえ一緒に世帯を持って、そのうちにだんだんあたたかくなると共に、あのきれいなお嫁も痩せて元気がなくなり、玉のようなからだも、なんだかおとろえて、家の中が暗くなった。主は、心細さに堪えかね、一日、たらいにお湯を汲みいれて、むりやりお嫁に着物を脱がせ、お嫁の背中を洗ってやった。お嫁はしくしく泣きながら、背中洗ってくれているやさしかった主にむかって、『私が死んでも、――』と言いかけて、さらさらと絹ずれの音がしてお嫁のすがたが見えなくなった。たらいの中には桜貝の櫛と笄が浮んでいるだけであった。雪女、お湯に溶けてしまった、という物語。私は尚も言葉をつづけて、私、考えますに葛の葉の如く、この雪女郎のお嫁が懐妊し、そのお腹をいためて生んだ子があったとしたなら、そうして子供が成長して、雪の降る季節になれば、雪の野山、母をあこがれ歩くものとしたなら、この物語、世界の人、ことごとくを充分にうっとりさせ得ると、信じて