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きょこうのはる

虚構の春

太宰 治

「文学界」1936(昭和11)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,586 字 · 108 页

青空文庫

背中一ぱいに青い波がゆれて、まっかな薔薇の大輪を、鯖に似て喙の尖った細長い魚が、四匹、花びらにおのが胴体をこすりつけて遊んでいます。田舎の刺青師ゆえ、薔薇の花など手がけたことがない様で、薔薇の大輪、取るに足らぬ猿のお面そっくりで、一時は私も、部屋を薄暗くして寝て、大へんつまらなく思いましたが、仕合せのことには、私よほどの工夫をしなければ、わが背中見ること能わず、四季を通じて半袖のシャツを着るように心がけましたので、少しずつ忘れて、来年は三高文丙へ受験いたします。先生、私は、どうしたらいいでしょう。教えて呉れよ。おれは山田わかを好きです。きっと腕力家と存じます。私の親爺やおふくろは、時折、私を怒らせて、ぴしゃっと頬をなぐられます。けれども、親爺、おふくろ、どちらも弱いので、私に復讐など思いもよらぬことです。父は、現役の陸軍中佐でございますが、ちっともふとらず、おかしなことには、いつまで経っても五尺一寸です。痩せてゆくだけなのです。余ほどくやしいのでしょう。私の頭を撫でて泣きます。ひょっとしたら、私は、ひどく不仕合せの子なのかも知れぬ。私は平和主義者なので、きのうも十畳の部屋のまんなかに、一人あぐらをかいて坐って、あたりをきょろきょろ見まわしていましたが、部屋の隅がはっきりわかって、人間、けんかの弱いほど困る